これはTBSラジオで放送されたオリジナルドラマ『半沢直樹 敗れし者の物語』を文章に書き起こしたものです。
元東京中央銀行 東京本部 小木曽忠生人事部次長のその後
「どうして私が、こんな子会社にいなきゃならないんだ!こうなったのはぜんぶ、半沢のせいだ」
片道切符の出向先で、今日も半沢直樹の顔を思い出しては屈辱にまみれている小木曽部長の元に、主任として竹内遙(笹本玲奈)が配属される。
「銀行で経験を積んだ優秀な方だと聞いています。いろいろと教えてください」
職場は可憐な美女の出現に色めき立ち、遙はあっという間に誰もが憧れるマドンナになった。
「伝票処理もろくにできないくせに……」
どこまでも小物な小木曽は、人気者になった遙に嫉妬する。そのうえ、大きな勘違いをおかす。
きっかけは歓迎会の席で遙に「人を率いる術について教えてほしい」と請われたことだった。
そこで小木曽は、銀行時代の所業を棚に上げて心にもないことを口にする。
「……部下のために責任をとるという覚悟だね。大事なのは部下を守ることだ。それさえ忘れなければ自然と人はついてくるよね」
「そんなことを言ってくれた上司は今までいませんでした!部長のもとで働けて、私たちは幸せです!」
素直なのか、バカなのか。涙を流さんばかりに感激する遙の姿を見て、小木曽は思う。
(わざわざ私のもとへやってきて、この態度……さてはこの女、私に惚れている?惚れているか?惚れているな……そうか……)
「おれ、結婚するかも」
帰宅した小木曽は同居している母親に告げる。
「いや、まいったよ。職場の部下なんだけど、おれに夢中でさ。ようやくおふくろにも孫の顔をみせてやれる。そう思うとあんな子会社でも働いていた甲斐があるよ。いずれは銀行にも戻れるだろうし、順風満帆てとこかな」
片道切符の島流しだと知る由もない母親は、息子の言葉を信じて喜んだ。
翌日から小木曽は人が変わったように部下と接する。シュークリームを差し入れ、部下に代わって銀行の監査部長からの無茶なオーダーに毅然とした態度で対応。しかし、数日後に監査が入ると告げられると、後ろめたい処理をしてきた小木曽はあっさりと保身に走り、「あとでかけ直す」と小声で言い、部下たちに分からないよう電話を切る。そして受話器を握ったまま声を張り上げた。
「いいか、澤田。2度と私の部下を都合良く使うんじゃない。銀行だからと言って横暴はゆるさんぞ!」
そして「これから困ったことがあれば何でも相談しろ」と大見得を切った小木曽に、遙たちは賞賛のまなざしを向ける。
「小木曽部長……すてきです……!」
そんな部下たちに気づかれないよう、すぐに銀行の澤田へ連絡を入れる小木曽。
どうやら本当に監査が入るらしく、自分の領収証が子会社で処理されていることをバレないようにしたいという。
「部下のミスでなくしたことにしろ。おまえがいつもやっていることじゃないか。協力してくれたら、銀行に戻してやる」
と澤田。
またとないチャンスを得た小木曽を、遙はランチに誘う。
「部長の銀行でのお話、ぜひ聞かせてほしくて。だめですか?」
おまえがそんなところで仕事をすることになったのは半沢と浅野のせいだ。おまえは、浅野がおかしたミスの責任を取らされただけじゃないか――。
澤田の言葉を聞いて腹をくくった小木曽は、その夜、これまで部下の築山がこれまでの慣例どおりに承認していた領収書の明細を抜き取り、PCに記録してあった澤田の名前を架空の人物のものに変えた。佐伯と。
2週間後、監査にやってきた澤田は「問題なしと報告する」と、小木曽に告げ、引き上げようとする。
しかし出張費の明細を確認した澤田の部下が、銀行には佐伯という行員はいないと指摘。領収書を持ってくるように築山に指示した。
領収書が見当たらず血色を失う築山をみて、澤田はよくあるミスだとフォロー。小木曽が話を合わせて謝罪するが、澤田の部下は「これだから子会社ってやつは。社員の質が悪すぎるんだよ!」と恫喝。
我慢がならなかった築山は「それを言うなら銀行も同じだと思いますが」と発言。
そこまで言うと、築山はもう止まらなかった。
「わたしがこの領収書を紛失するはずがありません。小木曽部長だって憶えていますよね?あんなに僕を締め上げたんですから!」
小木曽の脳裏に、築山に説教した日のことがよみがえる。ホテルの宿泊費を経費として認められるのはシングルルームだけだ。どうしてダブルルームの領収書を承認したんだ、銀行がやれといったら何でもいうことをきくのかと机をバンバン叩いて迫った時のことが・・・・・。
「そんなこと、あったかな……」
白を切る小木曽。しかし、遙が築山をフォローする。
「その話なら私も知っています。私は築山君から、澤田監査部長がダブルルームの領収書の精算をたびたび要求してくると相談を受けていました。つい先日もあったと記憶しています。そして、それに対して小木曽部長が抗議したことも!そうですよね、小木曽部長!」
言葉に詰まる小木曽をみて、澤田が怒鳴る。
「事実無根だよ、失礼な!何故、わたしがそんなことを……!」
澤田の部下も黙っていない。グルになって部長を貶めようとしていると吐き捨てる。そして、なおも食い下がる遙に証拠を出せと迫った。
「それは……」
うなだれる遙に、部下がたたみかける。
「つまり君たちは、ありもしない事実をでっち上げて、親会社である東京中央銀行の監査部長を侮辱したということか!はっきりさせようじゃないか。この件、誰に責任があるのか。ここには確かに築山君の印鑑が……」
「お待ちください!」
築山の責任を追及しようとする澤田の部下の発言を遮ったのは遙だった。
「どうしても責任を追及するとおっしゃるのなら、私がその責任をとります」
澤田の部下は「ならば、監査部長を侮辱して嘘までついたと報告する」という。
こうなると、遙を救えるのは彼女の上司である小木曽だけだ。
小木曽は銀行復帰と部下たちの信頼を秤にかけて懊悩した末、助けを求める遙と部下たちの声に応える。
「責任を問うというのなら、私がすべての責任を負う!私の部下は嘘なんかついていない!」
小木曽は机をバンバン叩いて訴えた。
「さすが、部長……」
あこがれの眼差しを向ける遙に、小木曽は「これでよかったんだ」と頷く。
しかし、追求はここで終わらなかった。責任の所在をうやむやにして撤収しようとする澤田を、部下が逃さない。
「そうはいきませんよ、部長。実は今回の監査、部長が不正を強要しているという内部告発を受けて実施されたのです」
「なんだと!?」
「領収書の件だけではありません。他にもさまざまな不正をおこなっていますよね、部長。愛人に貢ぐ、とか」
言葉に詰まる澤田に、これから本部でじっくりと話を聞かせてもらうと部下は迫る。そして部下は小木曽や遙に感謝
し、今後の調査の協力を要請して引き上げていった。
こうして監査は終了した。その後の調査によって澤田は自分が作ったダミー会社に不正融資をさせ、愛人に貢いでいたことが明らかになり、懲戒免職となった。そして、これによって銀行復帰の目が完全に消えた小木曽は厳重注意を受けるとともに、地方の関連子会社への再出向がきまった。
部下たちに別れを告げる日、小木曽は衝撃的な事実を続けて知ることになった。
ひとつは遙の結婚。相手はこの間まで澤田の部下だった男だ。
そしてもうひとつは、澤田の部下に内部告発を行ったのは遙だったということだ。
自宅に戻った小木曽は、母親に結婚は考え直すことにしたと話し、銀行に戻るのはもう少し先になると打ち明けた。
「忠生。なにがあっても、おまえは私の自慢の息子だよ」
母の言葉に涙して、小木曽は前を向いた。



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