これはTBSラジオで放送されたオリジナルドラマ『半沢直樹 敗れし者の物語』を文章に書き起こしたものです。
元東京中央銀行 大阪西支店 浅野匡支店長のその後
マニラの工場へ出向していた浅野は「バンカーと結婚したつもりはない」という利惠のすすめもあって東京中央銀行を退職。北関東のとある村で暮らし始める。窓を開けると得体の知れない虫が入ってきて飛び回り、車で10分以上かかるコンビニにはヤンキーがたむろしているなど、慣れないことは多いが、浅野に笑顔が戻ったことに利惠は安堵する。
そんなある日、浅野は村の役員を務める山瀬に、村祭りの役員を押しつけられる。子どもたちの出し物や慰労会の準備、集会所の管理、予算管理など、やるべきことが多い上に、予算の使い方がなっていないことに気づき浅野は利惠に文句を言わずにはいられない。
数日後、村祭りの予算のうち15万円が消えていることがわかり、村では新参者の浅野がまっさきに疑われる。浅野は断固否定するが山瀬は浅野が犯人だと決めつけており、15万円を盗んだと判明した時は土下座して詫びろと迫る。
「――そのときはこんどの件、土下座して詫びてもらいます」
浅野の脳裏に大阪西支店長時代に聴いた半沢直樹の声がよみがえる。
しかし浅野はそれを振り払い、犯人が自分でなかった時はあなたに土下座をしてもらうと答える。
その日以来、村人たちの様子がよそよそしいものとなり、浅野は夜な夜な悪夢にうなされるようになる。東京中央銀行の支店長時代、5億円をだまし取られた責任を部下である半沢に背負わせようとし、さらには騙し取った融資先の社長と結託し、見返りとして金を受け取るという不正の陰謀を企てた自らの所業が、村人たちに露見しているのではないかという恐れからだ。
耐えられなくなった浅野は利惠に事の次第を打ち明け、山瀬に抗議する。しかし山瀬は「盗人が偉そうなことを言うな!犯人はあんた以外に考えられない。この村で暮らしていきたいのなら許しを請え。土下座して詫びろ」と言い放ち、浅野を追い返す。
肩を落として帰宅した夫の姿を見て、利惠はやさしく声をかける。
「引っ越してもいいのよ?虫は嫌いだし、コンビニは遠いし。この間なんか、村の集会所にヤンキーがたむろしていたのよ」
それを聞いた浅野はそういうことだったのかと納得。そして半沢直樹の顔を思い出して言った。
「やられたらやり返す。倍返しだ」
犯人は、ヤンキー仲間たちとバイクで遊び回っている山瀬の息子だった。
15万円相当のバイク用品を購入していたことを浅野が突き止めたのだ。
「そんなものは証拠にならない」と突っぱねる山瀬。しかし、「銀行員時代の習性で、わたしは預かった50万円すべての札番号を控えていた。いまから警察に届け、事実を明らかにしてから名誉毀損で訴えてやる!」と浅野が睨みつけると、山瀬は息子の仕業だと認め、肩を落とす。
そんな山瀬に浅野は土下座を迫る。
しかし山瀬が膝を着くと、いたたまれなくなって静かに告げた。
「やめてください、そんな簡単に土下座なんかするもんじゃない」
村祭りの夜、浅野は「札番号を控えていたというのは山瀬を追い込むための嘘だった」と利恵に打ち明ける。
「土下座を止めたから、倍返しじゃなくて半分返しね」と利恵。
「こんなヤンキーの多い村には住みたくないな……」
祭りの灯を眺めながら呟く浅野を見て、利恵は言う。
「一緒に暮らせるならどこでもいいわよ」




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