キングズ・ランディング
債務の全額返済が確定して上機嫌な鉄の銀行(アイアン・バンク)役員ティコ・ネストリスは、サーセイが掲げる七王国の支配という壮大な事業計画に賛同。大事なものを取り戻すため、すでにクァイバーンが接触を試みているという傭兵集団の『黄金兵団』(ゴールデンカンパニー)の買収計画のバックアップを約束した。
ウィンターフェル城
スターク家を陥れるために動き出したピーター・ベイリッシュは、ブラン・スタークにキャトリンをいかに大切に想っていたのかを語り、ヴァリリア鋼の短剣を贈る。それは彼がジェイミーに突き落とされた時に現場にあったものだ。
「これは――誰の短剣」
無表情で剣先を撫でるブランに、ベイリッシュはその質問こそが五王の戦いの発端となったのだと言い、その後のブランの生き様を聞き及んでいた情報をもとに想像し、労う。
「――そうまでして戻ってこられたのに、世界は混乱している。さぞ、おつらい――」
しかしベイリッシュの言葉はそこで遮られた。
「混乱は、梯子だ」
それはかつて、ベイリッシュがヴァリスに語った言葉――ブランが知るはずのない言葉だった。
(どうしてそれを―――)
彼が三つ眼の鴉であることを知らないベイリッシュは得体の知れない脅威を覚える。
混乱は穴ではない
混乱ははしごだ
登ろうとするものは落ち、2度と登れはしない、落ちて壊れるからだ。
のぼるチャンスを与えられる者もいるが、みな断る。
みな、王国にしがみつく、あるいは神々、あるいは愛、幻想に。
はしごだけが現実。あるのは登ることだけ。
ベイリッシュと入れ替わって部屋を訪れたミーラ・リードは、メイスター・オルカンが作ってくれたという車椅子に座るブランを見て安心する。そして故郷の地峡(ネック)に帰ることを告げた。
「ここにいればあなたは安心。もうわたしは必要ない」
「そうだね」
「言うことはそれだけ?」
「――ありがとう。助けてくれて」
感情のない言葉にミーラは怒りを覚え、声を荒げる。
「弟は死んだんだよ?ホーダーも、サマーもあなたのために……わたしだって何度も危ない目に遭った!それなのにどうして?ブラン……」
「僕はブランじゃない。ブランドン・スタークとしての記憶はあるけど、他の記憶もたくさんある」
「ブランはもう死んだのね……」
やりきれない想いを抱えたままミーラは去っていった。
サンサは帰郷を果たしたアリアと地下墓所で再会。エダードの死後、降りかかってきた厄災については多くを聞かず、話さず、ウィアウッドの下でブランと引き合わせた。
そして十字路の旅籠にいたこと、殺しのリストを作っていることなど、知りようもない事実を淡々と言い当てられて驚くアリアに、彼には不思議な力があるのだと説明した。
ブランが膝の上で鞘から抜いたヴァリリア鋼の短剣がベイリッシュの贈り物だと知ったサンサは警戒心を強める。何か裏があるに違いないからだ。しかしブランは気にする様子もなく、短剣をアリアに差し出した。アリアは困惑しながらも受け取り、腰に挿した。
ベイリッシュとともに城内を見回っていたサンサは、アリアとブライエニー・タースが剣を交える場面に出くわして足を止める。
左手で針(ニードル)を握ったアリアは、ブライエニーの剣を巧みにかわし、2度続けて急所に寸止めする。ブライエニーの顔色が変わったのが、階上の通路から見下ろしていたサンサにもハッキリと分かった。
それでもアリアの攻守一体となった軽やかな剣さばきはいっこうに乱れず、むしろ凄みを増していく感すらある。ブライエニーの強烈な蹴りを食らっても全身をバネのように使って立ち上がり、笑みを浮かべる妹の姿を目の当たりにしたサンサの胸中は穏やかではなかった。
(レディ・スタークと呼ばれて喜んでいる場合ではないようね――)
サンサはベイリッシュを置き去りにして、その場を後にした。
ドラゴンストーン城
ドラゴングラスの埋蔵地を発見したジョン・スノウは、その洞窟へデナーリス・ターガリエンとミッサンディを案内する。
(――美しい)
壁一面に埋まり、炎に反射して輝く黒櫂石を見て思わずデナーリスを漏らしたデナーリスを、ジョンは洞窟の奥深くへと導く。
「森の子らが描いたのでしょう」
壁画だった。そこには最初の人々と森の子らが共存していた時代と、力を合わせてホワイト・ウォーカーに立ち向かった歴史が刻まれていた。
「敵は実在しているのです。遙か昔から」
「――わたしのドラゴンと軍がいなければ、倒せないと?」
「おそらく」
「ともに戦うわ。あなたと北部のために――ひざまずけばね」
「……俺の民は、南の支配者を受け容れることはない。さんざん苦しめられて来たんだ」
「民は王に従うわ。彼らを守るのよ。大事なのは王の誇りではなく民の命よ」
(わかっている。わかっているが……)
ジョンの心は揺れる。
「同盟は消えたわ!こんなところで悠長に構えている間にね!河間平野(リーチ)の食糧を奪われたらサーセイと戦うこともできない」
ハイガーデンの陥落を聞いて激怒したデナーリスに、ティリオンは「ドスラク人とウェスタロスへ運ぶ船は十分に残っているので”穢れなき軍団(アンサリード)”を呼び戻しましょう。王都の包囲作戦を継続できます」と進言する。
しかし、ドーンとハイガーデンを喪い怒りが納まらないデナーリスは「あなたは家族を殺したくなかったのでは」と言い放ち、ティリオンの作戦を白紙に。3頭のドラゴンを連れて赤の王城(レッド・キープ)へ飛ぶと言い出した。そして”女王の手”であるティリオンをよそに、ジョンに問うた。
「あなたはどう思う?戦争の最中で劣勢なの。わたしはどうすべきだと思う?」
ティリオンの胸中を察したジョンは、海上を舞うドラゴンの姿を確認してから静かに言った。
「誰もドラゴンが復活するなんて思っていなかったでしょう。あなたに従う者は、あなたが不可能を可能にすることを知っている。あなたなら今までとは違う新しい世を築いてくれると期待している。だが、ドラゴンで城や町を焼き尽くせば、その期待は失望に変わる。今までの愚かな王と同じだと」
(それならば――)
ジョンの言葉を聞き、デナーリスはやるべきことを決めた。河間平野(リーチ)の食糧を奪ったラニスター軍を叩くのだ――。
ジョンとダヴォスは、海上を見渡せる場所で”穢れなき軍団(アンサリード)”の帰還を待っていたミッサンディに、デナーリスに対する想いを聞く。
どこかの王の娘だから女王になったのではない。私たちが選んだのだ――。その言葉にジョンは共感。ダヴォスは「そちらに乗り換えたいくらいだ」と軽口をたたく。
その時、ミッサンディの背後に船影が見えた。それは”穢れなき軍団(アンサリード)”ではなく、ユーロンの襲撃から逃げたシオン・グレイジョイを拾った鉄の民の船だった。
シオンと再会したジョンは、肩を落として歩み寄った男の胸ぐらをつかんで吐き捨てた。
「サンサを助けていなければ、今ここでおまえを殺している……!」
そしてヤーラを救うためデナーリスの力を借りたいと頼むシオンに、彼女は不在だと告げた。
河間平野(リーチ)
ラニスター軍の指揮官ジェイミー・ラニスターは、ハイガーデン城から奪った資財と食糧を馬車に積み込み、ターリー軍とともに帰路につく。圧勝と言える成果を挙げながら気が晴れないのは「わたしがジョフリーを毒殺した」というレディ・オレナの告白のせいだろう。
傭兵のブロンには、両手に余るほどの黄金を皮の巾着袋に詰めて渡した。残りはすべて鉄の銀行(アイアン・バンク)に返済することになっている。「これだけか?」と不満を漏らすブロンに、ジェイミーは「維持するのが大変だし城を持ってもいいことはないぞ」と前置きしつつ、戦争が終われば好きな城を与えると約束した。
「隊列を組め!壁を作れ!急げ!!」
ともに狩りを楽しんだかつての仲間たちに剣を向け、初陣を飾ったディコン・ターリーをブロンとともに労っていたジェイミーは、大地を揺るがすような蹄の音が近づいてくるのを感じ、全軍へ向けて指示を発した。
やがて南の草原から視界いっぱいに拡がり、奇声を挙げて近づいてくる騎馬隊の姿を認めたジェイミーは、槍と矛を構えた兵の壁の後ろで息を呑む。
(なんという数だ……3万、いや5万はいる……!)
「あんたは王都へ戻れ。突破されるぞ!」
ブロンは言ったが、指揮官が下がるわけにはいかない。ここで食い止める。覚悟を決めたジェイミーにさらなる戦慄が走る。
ドラゴン――。その背にデナーリスを乗せ、低空を飛んでやってきたドロゴンは、壁となった兵隊たちを焼き払った。全身を炎に包まれて転げ回ることができればまだいい方で、多くの兵は一瞬にして鎧を纏った炭となった。そのすさまじい火力に兵隊たちは震え上がり、ディコンも言葉を失って後ずさりする。
ドスラクの騎馬隊は槍と弓をものともせずに壁を突き破り、半月刀を振り回しながら見知らぬ大地を縦横無尽に走り回ってラニスターとタリーの兵隊を蹂躙。そしてドロゴンは、戦利品を満載した馬車を的確に焼き払っていく。
「弓兵!ついて来い!!」
ジェイミーはどうにか正気を保っている兵を集めてドロゴンを狙い、一斉射撃を敢行。しかしその弓は一本残らずドロゴンの分厚い鱗に跳ね返された。ジェイミーの上空を通過したドロゴンは、残っている荷馬車を炎で吹き飛ばしていく。
(あいつをどうにかしなければ全滅だ……!)
ジェイミーはスコーピオンを使えとブロンに指示を出し、左手一本でドスラクの騎馬軍を迎え撃ちながら、反撃の時を待つ。
ブロンは落馬の衝撃で飛び散った黄金――手にしたばかりの報酬を諦めてスコーピオンの砲台に辿り着き、追ってきたドスラクの騎士を1本目の矢で仕留めると、砲台を回転させて火の粉と煙の向こうにドラゴンの姿を捜す。
(どこだ?どこにいやがる――)
火の海となった戦場を逃げ惑い、ドスラクの騎馬軍の餌食となっていく敵兵たち。その光景を小高い丘の上から見守るティリオンは「相手にならんな」という血盟の騎士の言葉をどうにか聞き取ると、自らの出自を呪い、参謀としての資質の乏しさを嘆いた。
(こんなはずではなかった。こんなはずでは……)
そして――ブロンはスコーピオンの標準を、川沿いに低空飛行をするドロゴンに合わせ、十分に引き絞った鉄の矢を放った。外れ。矢はデナーリスの頭をかすめて消えた。
デナーリスは砲台の位置を確認すると、反転して息子を導いた。
(あれを焼き払うのよ)
ブロンは3本目の矢を装填。砲台を素早く回転させて標準を合わせた。
「ぶっ殺してやる!」
ドロゴンが大きく口を開けたその刹那、矢はドロゴンの右胸部に突き刺さった。かつて経験したことのない痛みに顔をゆがめ、叫び、蛇行しながら落下を始めるドロゴン。その姿を見てブロンは勝利を確信し、快哉の笑みを浮かべた。
しかし次の瞬間、灼熱の戦場でブロンは凍りつく。
ドロゴンが落下寸前に体制を立て直し、ホバリングをしたかと思うとその首を砲台に向けたのだ。
(マズい……!)
ブロンが横っ飛びしたのと、ドロゴンが炎を吐いたのは同時だった。地上から距離がある分、ブロンは間一髪で難を逃れたが、スコーピオンの砲台は焼き払われた。そして着地したドロゴンは尾をふるって砲台を粉々に砕いた。
唯一の武器を失ったジェイミーは、ドロゴンの背から降り、胸部に深々と突き刺さった矢を引き抜こうとするデナーリスの姿を確認。そしてその目は、焼け野原に突き刺さっている槍をとらえた。
(俺に気づいていない。今なら――)
ティリオンはジェイミーの行動を察して、思わず弟として願った。
(何をしている。早く逃げろ)
ジェイミーは馬の腹を蹴り、その矢を左手で引き抜くと義手に手綱を巻き付け、水しぶきを上げて突進した。
(何をしている…!バカめ。やめろ……)
敵である弟の声が届くはずもなく、ドロゴンに迫るジェイミー。
しかし――あと10mまで迫ったところでデナーリスと視線が合った。次の瞬間、大きく口を開いたドロゴンがジェイミーの視界を覆った。
死を覚悟したジェイミーを救ったのはブロンだった。ジェイミーの後を追ってきた欲張りで屈強な傭兵は、ドロゴンが炎を吐く寸前に体当たりを敢行したのだ
ジェイミーが自らの身に何が起きたのかを理解したのは河の中だった。河は深く、ジェイミーは鎧の重みで水底へと沈んでいった……。
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