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【huluオリジナル】ネタバレだけどラストはナイショ!ミス・シャーロックEpisode2『ひげの幸子像の謎』

【Huluオリジナル】ラストはナイショ!ミス・シャーロックEpisode2『ひげの幸子像の謎』

キャスト
シャーロック・・・・・・竹内 結子
橘 和都・・・・・・貫地谷 しほり
礼紋 元太郎・・・・・・滝藤 賢一
柴田 達也・・・・・・中村 倫也
双葉 健人・・・・・・小澤 征悦
波多野 君枝・・・・・・伊藤 蘭
入川 真理子・・・・・・斉藤 由貴
米原 鞠子・・・・・・左 時枝
桑畑 道彦・・・・・・児島 一哉
貴倉 博次・・・・・・木下ほうか
ミッキー・・・・・・吉田メタル
木島 優作・・・・・・山根 和馬 

脚本
丸茂 周/及川 真実/森淳一

監督
森 淳一

 

岸田実篤の絵画『幸子像』に落書きをして逃げた男の正体は?

滞在していた安ホテルが全焼して宿無しの身になった和都は、双葉健人の勧めで波多野家の221Bでシャーロックとのルームシェアをスタートした。感謝の気持ちを示そうと朝市で新鮮な食材を調達し、君枝とともに朝食を用意する和都。しかしシャーロックは「コーヒーだけでいい」と言ってその朝食には目もくれず、「頼みもしないのに朝ご飯を作るな」「コーヒーの温度は82度のお湯でいれろ」「50デシベル以上で喋るな」「思い出話をするな」など、箇条書きした「この部屋で暮らす上でのルール」を和都に突きつけ、嫌ならすぐに出ていけ、と言い放つ。

シャーロックがリビングのソファでコーヒーカップに口をつけ、和都がキッチンで二人分の朝食を食べていると、舞原鞠子が訪ねてくる。君枝は友人だと紹介したが、年齢には少し開きがあるようだ。ピンクのマニキュアとパールのネックレスが目を惹くが、肩に届く髪からは若さへの執着は感じられず、右手のステッキに軽く体重を預けている。
「話に聞いていたよりかわいらしい方ね」
円形のテーブルを挟んで向かい合った鞠子が微笑むと同時に、和都が背を向けたまま呟く。
「性格は悪魔ですけどね」

ステッキをテーブルの下に滑り込ませ、ソファに腰を下ろした鞠子は、無駄話をすることなく本題に入った。
「岸田実篤という画家はご存じ」
「大正から昭和初期にかけて活躍した洋画家」
「さすが」
鞠子は膝に置いていたハンドバックから一枚の写真を取り出し、シャーロックの前に置いた。黒髪を後ろで束ねた着物姿の日本人女性の肖像画を撮影したものだ。
「実篤が晩年に描いた『幸子像』です。20年前に銀婚式があって、そのときに主人がプレゼントしてくれたものです」
「米原さんのご主人は骨董品の売買をされていて、得意先の蔵を整理している時に偶然、見つけたんですって」
と、君枝が補足する。
「記念日に絵をプレゼントするなんて素敵ですね・・・・・・」
いつの間にか隣に立っていた和都が独り言のように言うと、鞠子が「はん」と吐き捨てた。
「素敵だなんて。夫のプレゼントは、これが最初で最後。慣れないことしたから、そのあとコロッと逝っちゃった」
声を上げて笑う鞠子を、シャーロックは静かに見つめている。
「それから20年間、ずっと大切にしてきました。展示の依頼はありましたが、すべてお断りしました。でも、ゲーブルズ美術館の館長さんが、企画展の目玉にしたいからどうしても貸してほしいと頭を下げられたので――」
「初めて貸し出しをした」
「そう――そしたら、一昨日・・・・・・事件が起きたんです。閉館前に一人の男が現れて――」
鞠子はその男が黒のマジックで『幸子像』に落書きをして、警備員から逃れようと表に駆け出して車に跳ね飛ばされ、意識不明の重体で警察病院に入院したことを話した。
「その犯人、どんな人なの?」
君枝が聞くと、鞠子は眉根を寄せ、無念をにじませた。
「それが、名前すらわからないの。免許証もお財布も、携帯電話も、なんにも持っていなかったんですって。なんでこの絵に落書きしたのか、あなただったら、その謎を解いてくださるんじゃないかと思って――」
鞠子の視線を受け止めたシャーロックは断言した。
「ひとつ言えるのは、その男はだたの実行犯。真犯人は別にいる」

 

『幸子像』を手に入れたがっている画商と、絵画修復家

シャーロックと和都は鞠子とともにゲイブルズ美術館に向かう。
「ピカソ、ドラクロワ、マーク・ロスコ。礼式的な絵画が落書きされた例は、過去にもある。理由は自称アーティストの個人的な理由がほとんど。名画に自分のサインを書き入れることで日美術史に爪痕を残した気になっている。でも、髭を書いた男が免許証も携帯電話も持っていなかったと言うことは、捕まった時に身元がばれないためであって、自分の存在を知ってほしいということではない。つまり、男に落書きを命じた人物がいる」
「なるほど・・・・」
鞠子は感心し、和都は「ふうん」と唇をゆがめ、そびえ立つ美術館を見上げた。

フロアに入ると支配人が慇懃な態度で鞠子を迎えた。
「鞠子様。このたびはなんとお詫びすればよいか・・・補償は我々が責任を持って――」
「補償なんかどうでもいいの。それよりも、警備に問題があるんじゃない?警備の人数をケチるからこういうことになる」
支配人は「ごもっともです」と返すのが精一杯の様子で、3人を絵の保管庫へと案内した。
「見事な髭です」
中央の台に寝かされている『幸子像』を見て、シャーロックはちいさな笑みを浮かべた。鼻の下には男爵のような髭が乱暴に伸びている。
「最近、なにか変わったことは?」
「変わったことかどうかはわかりませんが――」
鞠子はハンドバッグの中から名刺を取り出し、シャーロックへ渡す
「こういう人が訪ねてきました」
柳沢慶介。銀座にある『ゲルダー』というギャラリーの画商で、鞠子によると『幸子像』を言い値で買うからぜひ譲ってほしいと言ってきたという。
「もちろん、お断りしましたよ。この絵は、わたしと一緒にいるのが一番だから」
「その翌日に髭が描かれた」
シャーロックがそう言ったと同時に、男が入ってきた。その姿を認めた支配人が紹介した。
「米原様。絵画修復家の桑畑様です」
桑畑道彦。ジャケットとデニムパンツ、トートバックは黒。30代なかばくらいの線の細い男だ。
「大切な絵なんです。元通りにしてください」
鞠子が深々と頭を下げると支配人が言った。
「優秀な方ですので、どうかご心配なさらず――」
「ベストを尽くします」
桑畑は鞠子にそう言ってから、奥に控えていた美術館の職員に絵を運び出すように指示した。
絵が包装されている間、シャーロックはテーブルに置いてあったA4サイズの用紙をコートのポケットに入れた。

 

企画展示番号5 作品番号3

「なんで髭なんか描いたんだろう」
『幸子像』に落書きをした実行犯の男がさまざまな医療器具や装置をつけられて横たわっている集中治療室の前で、和都は首をかしげてつぶやく。
「そもそも『幸子像』に落書きをしたのは偶然だったのか、それとも意図的だったのか・・・・」
その思考を分断するかのようにシャーロックが謎の男の方へ身を乗り出す。
「所持品はほとんどないって聞いているけど、アクセサリーを身につけていなかった?」
「特に何も聞いていないですけど」
若い主治医が答える。心電図の音が規則正しく鳴っている。
シャーロックはガラスの壁に額を押しつけて謎の男を睨みつけ、目を見開いた。

「5の3?」
「看護師が拭いたせいで薄くなっていたけど、確かに手の甲に5の3と書いてあった」
病院近くにある甘味処のカウンター席。和都の前にあるあんみつを木製スプーンで口に運びながら、シャーロックは言う。
「まったく気がつかなかった」
「当たり前。あなたは見ているだけで観察をしていないもの」
「・・・・・・それは今回の事件とは関係ないんじゃないかな」
「企画展示番号5の作品番号3は『幸子像』のこと」
シャーロックは背もたれに引っかけてある鞄のなかから四つ折りの紙を出し、カウンターの上で広げた。美術館の保管庫で手に入れたA4サイズの用紙だ。そこには展示会場別の作品リストが記載されていた。
「別の作品と間違えないように手の甲にメモをした。つまり、落書きはどの作品でもよかったわけじゃない。真犯人は意図的に『幸子像』を狙わせた」
「意図的なんだ」
「絵を買いにきた画商に話を聞いてみよう。何かわかるかもしれない」
和都が申し訳ないという顔をする。
「ごめん。わたし、今日からカウンセリングなんだ。医師団の事務局から受けるように薦められていて」
「カウンセリング?時間の無駄ね。カウンセラーが代わりに問題を解決してくれるわけじゃない」
そう言ってシャーロックはあんみつを手に取って堂々と食べ始めた。自分で注文した色とりどりの饅頭にはほとんど手をつけていない。
「ねえ、それ、わたしのなんだけど。さっきからさ、なんなの?こんなにいっぱい頼んでおいて、こっちを食べなさいよ」
お構いなしにシャーロックはあんみつを頬張り、運ばれてきた赤い饅頭を和都の前に置いた。

 

自殺した画商とストラディバリ

「確かに電話があったことは聞きました」
「ということは、オーナーは多額の借金を抱えていたということですね」
銀座のギャラリーのソファに腰を下ろし、柴田は女性スタッフから話を聞いている。
「詳しくは知りませんが、美術品の相場が激しく落ち込んだのが原因ではないかと・・・・・・店員もそのことで噂をしていました」
柴田は立ち上がり、背後で絵を眺めていた礼紋に言った。
「借金を苦にした自殺ですね」
礼紋は小さく頷く。
「いったん持ち帰ろう」
柴田が女性に礼を述べると、シャーロックが勢いよく飛び込んできた。
「何しに来た?」またか、と身をのけぞらせる柴田にお構いなく、シャーロックは礼紋に歩み寄る。
「何があった?」
「昨夜、ここのオーナーが遺体で見つかったんだよ」
「柳沢慶介?」
「なんで知ってんだよ!」
声を荒げる柴田に微笑みかけ、シャーロックは小さく頷く。

礼紋と柴田に案内を頼み、シャーロックは柳沢慶介が飛び降り自殺をしたと見られる現場へ向かった。
現場は雑居ビルの正面入口前の駐車場。アスファルトに黄色いラインがいくつも引いてある。
「遺体はそこ。写真は後でおくるよ」そう言って礼紋は柴田にその先の役目を託す。
「入口の前で電話をかけていた男性が、落ちてきた瞬間に居合わせた。それが昨夜、22時32分。男性は通報した後、警察が到着するまでずっと入口付近にいた。非常口から怪しい人物の出入りはなかった。警察は到着後、すべての部屋、駐車場から屋上までくまなく調べたが、不審な人物は見当たらなかった――おい、聞いてんのか」

3人は柳沢慶介が飛び降りたと見られる場所――高層階のオフィスへ向かった。シャーロックが部屋に入るのを待って礼紋が言う。
「部屋は施錠された状態で、鍵はデスクの上。窓は大きく開いていた。棚には残りわずかな睡眠導入剤があり、体内からもその成分が検出されている」
それを柴田が引き取る。
「画廊の店員の話では、柳沢慶介にはかなりの額の借金があった。睡眠導入剤を常用するほど精神面は不安定であり、飛び降り自殺を図った・・・・・・ということで、これは俺たち捜査一課の仕事じゃない」
「いったん持ち帰ろう」
礼紋が出て行こうとすると、シャーロックはデスクの上にあった鍵の束を手に取った。
「この部屋の鍵だよ」柴田がすかさず言う。
「どうしてそう言い切れる?」
「どうしてって、誰がどう見てもこの部屋の鍵だろう。BMWは柳沢の車だし」
「ここのドアはPRシリンダータイプなのに、この鍵は有機シリンダータイプ。似ているけど別物。挿してみればわかる」
シャーロックはそう言って鍵の束を柴田に投げ、餌を待つゴリラのようにパーティションにしがみつき、唸り声を上げた。早くやってみせろ、ということらしい。
柴田は外に出てドアを閉め、鍵をかけようとする。ドア越しに聞こえていたガチャガチャという音が止まり、ドアが開く。
「かかりません」
「へへっ」シャーロックは勝ち誇った顔をして、柴田を指さした。
「犯人はダミーの鍵を部屋に残し、本物を使って施錠。密室に見せかけたということか。だとすると、睡眠導入剤も犯人が飲ませた可能性があるな」
チェアに腰を下ろしたシャーロックは、デスクの上にあった新書サイズの書籍を手に取った。タイトルは『ストラディバリウス~知られざるその生涯と名器を愛した演奏家たち~』。著者は小池誠二。

3人は屋上へ出た。手すりを乗り越えて下をのぞくシャーロックを、柴田が慌てて止める。
「おいっ、落ちるぞ!」
「はははっ、ちょうど真下が柳沢の部屋。その向こうが転落場所だ」
シャーロックの手のひらが白くなっている。手すりのペンキが劣化して付着したのだ。
「ここから落とされた可能性もあるな」礼紋が言う。
シャーロックは足元を注意深く見渡し、室外機のそばに落ちていた小さな粒状の何かをピンセットで拾い、ポケットに入れた。
「でも、突き落とすのなら部屋からでもできるのに、なんでわざわざ屋上に?それに事件当時、屋上には誰もいなかった」
柴田が大きく腕を広げ、部屋からの飛び降り説を推す。
「警部、ひとつ頼みたいことがあるんだけど」
「何でも言ってくれ」
「絵画に髭が描かれた事件のこと、聞いている?」
「ああ、犯人は事故に遭って入院中だ」
「その男、ピアスの穴の下に傷があったの。でも所持品にピアスはない。事故に遭った衝撃で現場に落ちた可能性がある。それを探してほしい」
「ふざけるな、なんで警部がそん――」
言いかけた柴田の口をシャーロックが左手で乱暴に塞ぐ。
「ふたつの事件は根っこのところでつながっているの」
「わかった。柴田、すぐに現場に行ってくれ」
「え、俺?」
「所轄に応援を頼んでおく」
「警部はどうされるんですか」
「俺はこれから、人間ドックだ」
「人間ドック・・・・」
「健康でなければ仕事はできない。君も定期検診はちゃんとうけておけ」
「・・・・・・はい」
「ほかにできることは?」
礼紋はシャーロックに聞いた。
「柳沢のここ最近の仕事について、わかっていること全部教えて」
「わかった。柴田。調べてくれ」
呆然と立ち尽くす柴田をそのままにして、シャーロックと礼紋は出口に向かって歩き出す。

 

画商に『幸子像』の買い付けを依頼していたリゾート会社の社長。その目的は・・・・

和都はカウンセラーの入川真理子のもとを訪ね、カウンセリングを受ける。
真理子は40代。グレーのカーディガンに丈の長いスカートを合わせ、黒髪を後ろで束ねている。膝の上に置いたバインダーファイルに目を落としながら話を進めていく。
「よく眠れているのなら大丈夫。紛争地域に行ったあと、不眠に悩む人は多いんですよ。橘さんは日本に帰ってからもリラックスできているということですね」
「リラックスですか・・・生活環境ではストレスがたまっていますけど」
和都の脳裏にシャーロックの顔が浮かぶ。
「ストレスなんで誰だってありますよ。ちなみにわたしは、この頃、どんどんシミが濃くなってきているのが悩みなんです。もうね、コンシラーでも隠せないくらい」
そんなことはないですよと手を振りながら笑う和都をやさしく見つめて、真理子が続ける。
「悩みを打ち明けるって、自分の内側を誰かに見られている気がして、恥ずかしい気がしません?」
「します」
「でもここでは、誰かに伝わることもないし、言いっぱなしでいいんです。気軽に活用してくださいね」
「はい」
安心したら笑えた。和都は来てみて良かったと思った。

再びシャーロックと合流した和都は街を歩きながら事件の真相について聞き、頭のなかを整理していく。
「亡くなったの?」
「そう。自殺に見せかけた他殺。もともと柳沢は身術館や作品に興味がない。画商というよりブローカー。一円でも高く転売するのが目的で、目をつけた絵画を手に入れるためなら手段を選ばない。ということは――?」
「――な、なに?」
見当もつかないという顔をする和都に、シャーロックは落胆を隠そうともせずに言った。
「恨みを買うこともある。基本でしょ」
そしてさっさと歩き出す。和都は後を追って聞く。
「貴倉リゾート開発?」
「強引なやり方で住民から差止訴訟を起こされたこともある。柳沢はここの社長に頼まれて、米原夫人から『幸子像』を買おうとしていた。

シャーロックと和都は貴倉リゾートのオフィスで社長の貴倉博次と会い、話を聞く。
「警察から聞きました、柳沢さんのことは。自殺なんて、とても信じられません」
素人にもテーラーメイドとわかる仕立てのいいスーツに身を包んだ貴倉は、窓側にひとつだけ置かれたデスクでため息をつきながら首を振った。
「あなたどうして『幸子像』を購入しようと思ったのですか?」
「どうしてとは?」
「投資目的?」
「ふふ。わたしはマネーゲーム感覚で絵画を取引する人たちとは違います。大切なのはその絵に惚れたかどうか。ゲイブルズ美術館で初めて実物を見た時、わたしは体が震えました」
貴倉はチェアの背もたれに体を預け、目を閉じた。
「それで柳沢さんに買い付けの依頼を」
和都が聞いた。
「そう。すぐに米原さんが所有者だと調べてくれました」
「でも断られた」とシャーロック。
「よくご存じですね。残念ながら、こればかりは仕方ありません」
貴倉は席を立った。
「意外。あなたは日本有数の絵画コレクター。そんなに簡単に諦めちゃっていいの」
「芸術は作品により愛情がある者が所有すべきです。今回は米原さんの愛情が、わたしを上回っていた」
貴倉の背後の木製棚に立てかけてある踊り子の肖像画を見て和都が言った。
「この絵もかわいいですもんね。所有者の愛情を感じます」
「ありがとうございます。18世紀、300年以上前の作品です」
「300年前・・・!ちなみに購入額は」
「それは内緒です」
中身のない会話を断ち切るように、シャーロックが割って入る。
「柳沢さんが亡くなった夜はどこに?」
「会社の創立記念パーティに出席していました。ですから、参加していた200名の社員が、わたしの証人です」
アリバイは完璧ということね――シャーロックはそれを認め、踊り子の肖像画をみつめた。

屋敷に戻った和都はリビングのソファに座って岸田実篤の伝記を読み、感銘を受ける。そしてその内容をデスクで何かの作業に没頭しているシャーロックに話して聞かせる。
「あの絵、実篤が肺結核で亡くなった年に描かれた最後の作品なんだって。当時、絵は全く売れなくて、実篤は極貧生活を送っていた。それを最後まで支え続けたのが妻の幸子さん。その幸子さんをモデルに描いたのが『幸子像』。ね、いい話でしょう?あの絵には実篤の愛情が込められていたの。ご主人はそれを知っていて、奥さんにあの絵を贈ったんじゃないかな。愛情の証として」
シャーロックは手を止め、大きくため息をつく。
「会った時から思っていたけど、実に単純」
「なんでよ?」
シャーロックは席を立ち、和都を押しのけてリビングのソファに腰を下ろす。
「ご主人には愛人がいて、その罪滅ぼしに贈ったのかもしれない。もしくは、戦前の女性のようにもっと夫に尽くせという皮肉が込められていたのかも」
「なんでそんなにひねくれているの?あなたは、他人に愛情を感じたことがないんですか?」
「そういう感情は冷静な理性を邪魔するだけ。自分こそどうなの?」
「わたし?まあ、それなりに」
「少ないメールのチェック回数、外出着なのか部屋着なのかわからないその服装、素顔よりはましなメイク。そこから推理すると――」
「やめて、ちょっと、見ないで」
和都が膝掛けで顔を覆って抵抗していると、君枝がカステラを持って入ってきた。
「すいぶん仲がいいのね」
「まったくよくない」
「一ミリも」
息を合わせて即答した二人に微笑みかけてから、君枝は「米原さんからいただいたのよ」と言って栗カステラをリビングのテーブルに置いた。そしてシャーロックに捜査の進行状況を聞いた。「それなりに」と素っ気なく答えるシャーロックに君枝が続ける。
「鞠子さん、旦那さんを亡くしてからほとんど家から出なくなってしまったの。足も悪くてすることもないから、一日中テレビを見ているそうよ。もっと人と接して、外に出る方がいいんだけどね」
シャーロックがまるで関心を示さないので、鞠子は「おやすみなさい」と言って出ていった。
そのシャーロックはピンセットで粒状のものをつまみあげ、デスクライトに照らして言った。
「やっぱりそうか」
カステラを食べようとしていた和都が興味を示す。
「手がかりはこの石ころ、マニラ・コーパル」
柳沢のオフィスがある雑居ビル屋上の室外機のそばに落ちていたものだ。
「何それ」
「植物樹脂が化石になったもの。ここから恐竜のDNAを採取するのでなければ、用途は一つしかない」

 

わたし、事件の謎を解いたかもしれない

翌日、シャーロックと和都が向かったのは、絵画修復士・桑畑のアトリエだった。
桑畑は薬剤を塗布した麺棒を手にして、鞠子から預かった『幸子像』の修復作業を進めている。
シャーロックはその作業には関心を示さず、アトリエのあちこちに置いてあるキャンバスを手に取って言った。
「ここにある絵はみんな、あなたが?」
「ええ、ここをアトリエ代わりに使っているので」
「個展をする予定だった?」
「・・・・・・よくわかりますね」桑畑は作業の手を止めて聞いた。
「描いている時期はさまざまなのに、サインだけ同じ筆と色で一度に書いている。個展を開く以外に、そんなことをする理由を思いつかない」
桑畑は作業を再開する。
「話はあったんですが、なくなってしまいました」
目の前のキャンバスを見て、身をかがめながら和都が言う。
「桑畑さん、淡い色がお好きなんですか」
「今はそういうのが流行りらしいです」
「自分では好きではない絵を、流行りに合わせて描いている」
シャーロックの皮肉に桑畑は悪びれることなく反応する。
「絵を売るためです。仕方がありません」
「ゲイブルズ美術館の館長は、事件があった直後にあなたから電話があったと言っていた。
「営業です。定期的にあちこちの美術館に電話を――」
桑畑の左側に立ったシャーロックは、デスクから蓋の付いたガラス容器を持ち上げて言った。
「マニラ・コーパル。これを温めて溶かすとニスの一種になる」
「詳しいですね」
シャーロックはにこりと笑い「わたしも持ってるの」と言って、コートのポケットから小さな試験管に入った石ころを出し、桑畑に見せた。
「この間、拾ったんだけど。ギャラリー・ベルダの柳沢さんのオフィスがあるビルの屋上で」
桑畑は表情を変えることなく話を進める。
「よくこんなちいさなものを見つけましたね」
「柳沢さんのことは知ってます?」
「もちろん。業界の人間はみんな知っています」
「事務所を訪ねたことは?」
シャーロックは瓶詰めのマニラ・コーパルを元の場所に戻した。
「仕事で何度か」
「柳沢さんが亡くなった夜は、どこで何を」
「ずっとここで仕事をしていました。ああ、途中でコンビニに行ったので防犯カメラにも映っているはずです」
シャーロックはそこで話を切り上げた。

自宅への帰路、長い坂道を上りながら無駄足だったと肩を落とす和都に、シャーロックは言った。
「柳沢の殺害にアリバイなんて何の意味もない。犯行には時限装置を使っている」
「時限装置?」
「犯人は柳沢が死亡する数時間前に部屋を訪れている。飲み物に睡眠導入剤を混ぜ、柳沢に飲ませた。そして、屋上に運び上げ、柵の向こうの足場に柳沢を寝かせた。数時間後、目を覚ました柳沢はそんなところで眠っていたとは夢にも思わない。深い眠りから音を覚ましたばかりで足元もおぼつかない――それが22時32分」
シャーロックはスマホに保存した現場写真を和都に見せて続ける。
「見て。うつ伏せで着地したのに、背中には白い塗料がかなり付いている。転落する前に屋上の地面に背中をつけていたから」
「なるほど・・・・」
和都が感心していると、シャーロックと礼紋の指示どおり、『幸子像』に落書きをした男が事故に遭った現場を舐めるように調べていた柴田からスマホに画像が届いた。子どもたちと並んで映っている柴田はその手に、目玉のようなものを持っている。
シャーロックと和都は、ストリート系のアクセサリーショップを訪ね、全身にタトゥーを入れた若いオーナーにその画像を見せる。そして、謎の男に行き着く。目玉をデザインしたイヤリングをしている男の名は、木島優作。オーナーによると、新薬のモニターからホストまで、金になることなら何でもやる男だという。そして、1年ほど前に銀座の画廊で絵の運搬をしていたことを突きとめる。

「フリーターの木嶋は、バイトで雇われたことのある画廊の柳沢に頼まれて『幸子像』に落書きをした。で、木島が『幸子像』に髭を描いている時間を見計らって、桑畑は美術館に営業の電話を入れた」
自宅のリビングでデリバリーピザやピラフ、ソーセージ、寿司を食べながら、和都は状況を整理した。シャーロックは盛りだくさんの食べ物を登場人物に見立て、ひとつずつ選んで和都の皿に運びながら解説する。
「画廊の柳沢、フリーターの木島、絵画修復士の桑畑は、裏でつながっている」
「でもなんで、柳沢は殺害されなければならなかったの」
「それを明らかにするにはストラディバリの謎を解かなければいけない」
「ストラ・・・ディバリ?」
「柳沢のデスクに、アントニオ・ストラディバリについて書かれた本が置いてあった。ストラディバリはイタリアの弦楽制作者で、彼の手がけたチェロやヴァイオリンは世界最高峰という評価を得ている」
ドリンクのストローでヴァイオリンを弾くようにしてシャーロックが言った。
「絵画ブローカーが楽器まで手を広げていたってこと?」
「このクラスになると扱う専門家はみんな顔なじみ。そう簡単に参入できる世界じゃない」
「じゃ、クラシック音楽が趣味とか」
「部屋の感じからして、音楽を嗜好する人間とは思えない」
ドアがノックされ、君枝と一緒にスキンヘッドの男が入ってきた。
「シャーロック!ひさしぶり~。元気だった?」瞬時にゲイだとわかる声でシャーロックとハグをした男の名はミッキー。あっけにとられている和都に気づいて聞いた。
「あら、お友達?」
「友達じゃない」と和都。
どうやら用事で近くまでついでに様子を見にきたらしいが、君枝も初対面だったのでシャーロックとの関係を訊ねた。
「4年前、美術館に展示されていたマティスの絵が、贋作とすり替えられて盗まれる事件があったの。その時、シャーロックに頼まれて絵の鑑定をしたのがわたし」
「じゃあ、あなたたちが指摘しなければ今でも贋作が展示されていたということ?」
「よくあること。ロンドンで2000点以上の贋作を描いて逮捕された人がいたけど、彼の贋作はまだ30点しか発見されていない」
「そうなの」
「一流の贋作者は高度な技術を持っているからね。その贋作者の本職は、修復家」
ミッキーの言葉を聞いて和都が弾けるように立ち上がった。
「わたし、事件の謎を解いたかもしれない」

ある問題からあり得ない事柄をすべて排除すれば、自ずと真相は見えてくる

桑畑によって修復された『幸子像』は厳重に梱包され、美術館の職員に引き渡されようとしていた。
シャーロックと和都はミッキーとともに桑畑のアトリエを訪れ、和都が職員に向かって叫んだ。
「待って!今、皆さんが梱包しているのは本物の実篤ではありません。あなたが描いた贋作――ニセモノです」
和都は桑畑の目を射貫くように見て続ける。
「あなたは、自分が描いた贋作を米原さんに返却して、修復したホンモノを貴倉リゾートの貴倉さんに買い取ってもらうつもりですね。そのほうが高値で買ってもらえるから」
まさか、という表情で年配の職員が一笑する。
「梱包する際、わたしが確認しています。そんなはずは――」
「一見しただけではわかりません」
和都はミッキーの腕を取り、前に連れ出した。
「鑑定士に来てもらいました」
それを見た桑畑が静かに口を開く。
「いいでしょう。梱包を解いてください」
職員がただちに作業にかかる。シャーロックはいたずらっ子のような笑みを浮かべながら近くにあった椅子に座る。
『幸子像』は桑畑が自らデスクに立てかけた。
「どうぞ、鑑定してください」
ミッキーは前に進み出て「失礼」と言ってから、バッグのなかからペンライトを取り出し、鑑定を始めた。
さまざまな角度から光を当て、注意深く見ていく。
長い沈黙のあと、ミッキーはペンライトのスイッチを切り、『幸子像』を見つめた。
「どうです」和都が聞いた。
「この絵はホンモノ。正真正銘の岸田実篤」
ふん、とシャーロックの失笑が漏れる。
「実篤の絵画を、わたしは過去に3枚、鑑定しているの。修復もおみごと」
「そんな――」
推理をひっくり返されて呆然とする和都に、桑畑が追い打ちをかける。
「迷惑にもほどがある」
和都をにらみつけてから梱包を頼む桑畑。それを見ていたシャーロックが口を開く。
「ちょっと待って。わたしにも見せて」
デスクに立てかけられた『幸子像』の隅々までチェックしたシャーロックはあっさりと言った。
「そっか。もっと早くに気づくべきだった。米原さんにお返しして」
アトリエを出ていったシャーロックを和都が追いかける。

米原邸へ続く長い坂道を上りながら、シャーロックは和都の質問に答える。
「サイズが同じ。『幸子像』と貴倉のオフィスにあった踊り子の絵。二つの絵は大きさがぴったり一緒」
「それがなにか関係あるの」
「関係あるというより、そこからすべてが始まった」
「ますますわからない・・・」
「ある問題からあり得ない事柄をすべて排除すれば、自ずと真相は見えてくる。それがどんなに突飛な結論でもね」

米原邸に到着すると、シャーロックは鞠子にご主人の骨董品の売買記録を見せてほしいと頼む。
そして古いノートをめくり、にっこりと微笑んだ・・・・・・。

<この先はドラマをご覧ください。残り10分です>

momocoの最後にちょっとだけ言わせて

事件が解決したあと、和都は再び入川真理子のもとを訪れ、カウンセリングを受けます。「おしゃべりにきました」と言って『幸子像』の謎について楽しそうに話す和都・・・・。入川真理子との関係に注目しておいてください。

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